愛のかたまり 愛だけで生きてる小さなひとたち

注意欠陥多動症
幼児クラスと乳児クラスで建物が違うため、内履きを持って屋根づたいに移動するのだけど
昨日は暴風雨で、私が靴を持って外に出ようとすると

3歳児クラスの数人があっという間にこちらに飛んできて

「きをつけてねー」

「おてんきわるいから、きをつけてねー」

と一斉に、必死に応援し始めるっていう事態になりました。

「ハチマキダヨ」
「タチマチダヨ」

「タチュマチダヨ」

一体なんのことを言っているのか・・・💦

 

「竜巻(注意報が出ているから)気をつけてね」

それ伝えるために、全身で全力でこちらに伝えようとしているお子さんたちなのでした。

私は彼らの愛を、ものすごく感じました。

これはなんと言えばいいか、少し言語化が難しいのですが
彼らを見ていると、愛のかたまりだなって思います。
私には、そうとしか思えないんです。
それだけのシンプルさで物事が済んだらとても幸せなんですが
私たちは、社会に生きている不完全で弱い存在なので
実際の毎日は、複雑でしんどいことも多いです。
彼らはすぐに
「ほーらぁ、勝手に外を見に行ってはいけません!!」
「どーして先生のお話聞けないの?」

「もう何回目なの!?」などなど・・・

リアルな世界では、5秒ごとに小言を言われているような感じで
・集中できない
・衝動性が強い
・集団への指示を聞いて、自分がどう動くべきか理解できない・・・

みたいなことになるわけですよね。

“クラスのみんなに、とっても面白い絵本を読んでくれている
担任の先生のことを、一瞬にして、ぱっと忘れて

突然立ち上がって、走って行って

『悪天候の中、外に出ようとしているピアノの先生のことが
心配で心配で、竜巻のことを教えなくちゃいけなくて
それって今のこの瞬間、何よりも一番大事なことで』
↑↑↑
という、その衝動が抑えられない
これ、毎日積み重ねていると、問題行動として捉えられてしまう
そういう類のものですよね。

リアルなとこで、そっち側からものをみることが多いのが

日本なのかもしれないです。

お天気悪いから私が外に出るのを心配してくれたんだな
私はそう思って、必死の訴えをちゃんと受け止めて

彼らの気持ちに感謝して乳児クラスに入るのだけど

人手不足で、
いつも何かのウィルスが大流行で、
怪我させちゃいけない、
子ども同士のトラブル起こしちゃいけない、
そういうものをたくさん抱えすぎた保育士さんだって
別に、悪者でもなんでもないのだけど。
システムや、環境の調整をもっとやらないと
結局、個人のがまんの上になんとか成り立っているだけになってしまう。
愛だけで生きてるひとが、そのままで在れるような保育・教育現場が、
たくさん増えるといいですよね。
私はもっと、そういう現場のそういう瞬間に
ちょっと考えや価値観が違う人などに、
ふんわりと対話を仕掛けにいったりできる
そういうスキルを持った人になりたいかも。
最近はそんなことを思います。

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